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主任司祭からのあいさつ

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「お言葉どおり、この身に成りますように。」

(ルカ福音書1章38節)

 
この聖書の言葉は、私が司祭になったときに、生涯このみ言葉のうちに生きることができるよう努め、神の恵みを願いながら選びました。司祭として歩んでくる中で多くの出来事がありましたが、その中でも最も大きな出来事の一つは、宣教師として日本へ派遣されたことだったと思います。宣教師として志願したわけではありませんでしたが、司教様のお言葉に従ってここへ来ました。私は、神はさまざまな方法を通して私たちにご自身の御心を伝えてくださるのだと思っています。神はおそらく司教様を通して、私に日本で神のみ言葉を伝え、信者の皆様に奉仕するよう導いてくださったのではないかと思います。  
この文章を書いている今、日本へ派遣されてから5年の歳月が過ぎました。ここで多くの信者の皆様や司祭の方々、また信者ではない方々に出会い、神が私を導いてくださっていることを感じ、ともに神の道を歩んでいるのだと実感しています。そしてこれからも、与えられた道を誠実に歩み続けられるよう努めていこうと決意しています。
現在、日本には多くの韓国人司祭が派遣され、宣教司祭として活動しています。神の導きのうちに、神の福音を告げ知らせるためです。たとえ生まれた国が違っていても、神がイエス様を通して伝えてくださった福音の喜びの知らせによって、私たちはともに生きています。そしてその中で、聖霊を通して多くの実りを結び、より多くの人々に神のみ言葉の実りを届けようと努めています。私も皆様とともに、神が与えてくださる恵みのうちに、さらに多くの実りを結ぶことができるよう努力してまいります。

私と一緒に、イエス様が私たちに示し、導いてくださった道を歩んでみませんか。

協力司祭からのあいさつ

 

「もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。」

(聖パウロのコリントの信徒への第一の手紙9章16節)

 
人はみな幸せを求めて生きています。聖パウロはコリントに始まったばかりのキリスト信者に向かって上記のように言いました。イエス・キリストの福音を告げ知らせないなら不幸なのだと。逆に言えば福音を告げ知らせることが彼の最高の幸せ、人生の意味そのものであったのです。
多くの人が人生の道に迷い、苦しんでいる中で、「私が道であり、真理であり、命である」(ヨハネ福音書14章6節)と宣言し、この世の最後の瞬間まで世を愛し抜かれたイエス・キリストこそ真理と命への道だと信じた者たちが、この函館の地に福音宣布にやってきて早160年以上経ちました。
1859(安政6)年にローマから日本への再宣教を委ねられたパリ外国宣教会の宣教師たちがこの地に福音をもたらし、当宮前町教会は1901(明治34)年、当時の亀田村にベルリオーズ司教が現在の敷地の中に建っていた民家を購入し、亀田教会(現宮前町教会)が創立され、この地に福音を宣布する拠点となりました。医療活動、福祉活動、学校活動等を通して、多くの人たちに知られるようになっています。教会の扉はいつも開いています。いつでも気軽にお越しくださいませ。

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